私は、もともと生理痛がとてもひどく、痛み止めを服用しても効かないため、婦人科の医師に勧められピル治療をしていました。

もちろん生理痛の治療目的ですが、避妊の効果もあり、結婚してもしばらく仕事をしたかったので好都合なこともありピル治療をはじめました。

22歳の時からピルを服用し、気が付くと4年経っていました。結婚からも2年経っていました。

婦人科の医師から、あまり長くピルを服用するとリスクもあるためおススメできないと言われ、一度ピルの服用をやめてみて生理痛の状態をみてみることになりました。

ピルの服用を中断し、生理が来るのを待つ日々でした。またつらい生理痛に襲われると思うと、毎日気が気じゃありませんでしたが、1か月経っても整理が来ませんでした。

長く飲んでいたピルを止めたので、ホルモンバランスでも崩しているのかと思い婦人科を受診しました。

婦人科で診察を受けると、なんとビックリ。妊娠していました。

婦人科の先生も「まさか、こんなすぐ妊娠すると思わなかったね。」と笑っていました。

ほんとに、婦人科にずっと通い治療していたので、妊娠はしずらいと勝手に思っていたので予想外の妊娠でした。

それからは、楽しい妊娠期ではなく予想以上につらかった思い出があります。

突然つわりが始まり、かなりひどくて水しか飲めなくなりました。体重も落ちてしまい、もう少しで入院になるところでした。

つわりが落ち着いてきたと思ったら、今度は足がつるようになりました。

夜寝ている時に何故かつってしまい、夜中足がつって何度も起きるので、寝不足で体調が最悪でした。

さらに、強烈なお腹の張りがあり、働いていましたが突然動けなくなるほどのお腹の張りで、張り止めを服用して耐えるのみでした。

周りに解ってもらえないのも辛かったです。

高血糖の検査でもひっかかってしまい、1週間ほど職場を休み、非難をあびてつらい思いをしました。

お腹が大きくなってくると、足が象の足のように浮腫んでしまい、いつも血のめぐりが悪いような感じでした。

そしてそのうちに、股関節の激痛に悩まされました。立って歩くのはもちろん、座っていても、横になって寝ていてもどうにしても痛くて痛くて、大変でした。

そんな予想以上に辛い妊娠期を経て生まれてきてくれた我が子は、とても愛おしい存在で、出産後は涙が自然にでてきました。

他の人がどんな風に妊娠し、どんな妊娠期を過ごしているのかはわかりませんが、私は妊娠の思い出となると、予想外と予想以上の辛さが思い出になっています。

妊娠中のつわりのひどさを分かってもらえず、夫婦なのに疎遠状態な私たち

妊娠3ヶ月に入り私のつわりがひどく、旦那に頼りたいのに常にテレビとパソコンと携帯を必死に見ている旦那。

テレビとパソコンを大音量で付けて野球やサッカーを見て大声を出す…競馬をして大声を出す…。

机をバンバン叩いたり、蹴ったり…。

大声出されると全然リラックスできないし、正直うるさい。

吐き気がひどくてあまり立ってられない体調なのに食事の催促をしてきたり、お皿が洗えなくてたまってる状態を見て、「もーーー!!」と怒り出す。こっちが「もーーー!!!」です。とにかくうるさい。笑

野球やサッカーの勝負が終わって、自分が応援してる方が勝ったら機嫌が良く、体をさすってくれたり、お皿を洗ってくれたりします。

私も安心します。「やっと静かになる…やっと彼が落ち着いてくれる…」

負けたりすると機嫌は悪く「死ねー!」とか「カス!!!」などと暴言を吐きます…。

私暴言大嫌いなんですよね。笑

ほんと、やめてほしい。

最近スポーツがテレビでやってると恐怖するときがあります。笑

後悔させないから、絶対に幸せにするからと告白され3年ほど付き合って結婚しましたが…

んーーーこれは幸せの内に入るのか…笑

彼はたぶん今や私のことをお母さんと思っているんじゃないかと最近気づきました。笑

仕事から帰ってきてテレビを見て座るだけで温かい料理が出てくる。座っているだけで部屋が片付き、物や服が綺麗に整理され、使いやすい元の位置に戻される。

私はなんでもしてくれて、なんでも言うこと聞いてくれるお母さんなのかな。

彼が仕事でミスがあっても特に責めたりせず、普段通りに優しく接してきました。

仕事のミスからなかなか立ち直れない時期でもお弁当も毎日作り、作り終わった時に「今日は仕事行かない…」と言われても「そっか^ ^ゆっくりしてね」と笑顔で返して早く元気になってくれればいいなと思っていました。

今ではすごく元気になってくれたのは嬉しいですが、同じミスをしないか不安です。

書類を片付けられない事が原因で大惨事になったのに今も家にある書類を全く片付けようとしません。

片付けを促すと言い訳して逃げてばかり。

なんなんだコイツは。て感じです。笑

お風呂だけは何故か率先して沸かしてくれたり…遊びに行く時は100%楽しませてくれたり…

これだけは本当にありがたい。笑

私が妊娠してからは普通にできてた家事が一切できなくなって、こんな時くらいいろいろ気付いてくれて助けてくれるかな…なんて思ってしまった自分がイヤ。

俺料理するの好きだよって言うクセに全く料理しないのが謎すぎる。笑

私のつわりが長く続いているので、旦那はかなりストレスに感じている様子。1人で映画やカラオケに行くようになりました。

何か頼むのも気を使ってしまい、頼みにくい…。

会話もなんだかそっけない感じで、何を話しても続かないし、面白くない!笑

望んでいた赤ちゃんができたのに心の中で離婚を考え出してしまっている私…

家庭内のことは基本的に私がするけど、お互い働いてるんだから、2人が楽になれるように2人ががんばるもんだと思ってたのに、かなりのズレがあってちょっと悲しい気分が続いてるこの頃です。

妊娠経過が順調で、安定期に入ってからの妊婦さんにおすすめのスポーツは、マタニティヨガです。

私は、妊娠後期になるまでに、仕事をしていたので、なかなか妊娠中のスポーツができなかったのですが、仕事を退職したとたん、体重がすごく増えてしまい、そのおかげでむくみもひどくなってきたときに、産婦人科のお医者さんから進められて、むくみ防止、体重の増加防止のためにも、マタニティーヨガをはじめることにしました。もうすでに後期に入ってしまっていたので、どこかに通うということは結構大変なお腹の大きさになってしまったので、友人からいいとすすめられた、友永式のマタニティーヨガのDVDを購入して、自宅でヨガをすることにしました。

自分の好きな時間に自分のペースでできるのが魅力的で、私は自宅ですることを選びました。

トレーナーの方がいるスクールとは違うので、分からない点とかあったら、質問もできないなとか考えましたが、この友永式マタニティーヨガのDVDは解説がとっても丁寧で、妊娠中につらい症状を緩和するようなヨガのポーズも何パターン化紹介してくれますし、むくみの解消法や、腰痛や関節痛の解消法などの紹介もあります。

実際私はこの解消法のポーズで、むくみがだいぶ楽になりましたし、もともと椎間板ヘルニアもりだったので、妊娠したことにより、腰痛にも悩まされていた部分もあるので、それに関しても解消されました。

ヨガは特に激しい動きではないのですが、血流をよくしたりなんといってもゆったりした気分でリラックスしてできるところが魅力です。

いざ出産のときに役立つような呼吸法の紹介もありますし、出産のときでなくてもこの呼吸法をしているととってもリラックスできます。

DVDをみながらですと出産に関してもイメージトレーニングしやすいですし、出産のこの状況だとこういう呼吸法など、出産の段階に分けて紹介してくれるのでとってもありがたいですし、実際出産を経験してみて、あのDVDの呼吸法はとっても役に立ちました。

いざ出産になるとそれに必死でいくら呼吸法をといわれてもパニックになってしまいます。

しかし、少しでも知識があると本当に違います。

助産師さんがいっていることもわかりますし、パニックもそこまでならなかったです。

それに、その呼吸法で痛みも軽減でき、お産がスムーズになるようなきがします。

なので、通うこともいいとおもいますが、通わなくでもDVDで自宅でやるのもいいと思います。

優雅なマタニティライフってなんなんだろう・・(遠い目)

第二子を妊娠したのは上の子が一歳になったばかりの頃です。上の子はなかなかお腹にきてくれず6年待ってようやく授かった愛しい子‥でも長年の待ち時間のせいで夫も私も高齢化。

次の子をまた6年も待つ羽目になっては大変と、生理がきた時点で子づくり開始。蓋を開けてみたらたった一度のチャレンジで第二子はお腹に来てくれました。

上の子の時、切迫流産の気があったのにも関わらず初めての妊娠で気づかぬまま(お腹がはる、という感覚もいまいちわからなかったのです)8ヶ月まで仕事をし、その後すぐ入院、結局切迫早産となってしまったので、今回は大事をとって仕事も辞め、ゆっくりと優雅なマタニティライフを、と思っていたんですがそうは問屋が卸しません。

上の子は一歳前半、まだまだ甘えたい盛りです。散歩に行っても少し歩けば「ママ抱っこ」ベビーカーは拒否。うちでも眠くなったり、退屈になると「ママ抱っこ」座ることは許してくれません。

ご飯は掴んでは投げ掴んでは投げの遊び食べ、昼寝は拒否するくせに眠くて眠くてギャン泣き、不機嫌。

「お腹に赤ちゃんがいるからやさしくしてね」と言い聞かせてもニコニコ満開の笑顔でドーンと体当たりをかまして「ママ、抱っこー!」優雅とは程遠く、寝ている時が一番幸せなのに胎動で眠れない。

お腹が張りすぎて痛い。上の子は何か感じることがあるのか夜泣き再開。おっぱいを求めてくる・・。目の下のクマは常設展示され、友人には「やつれたね」と笑われ・・8ヶ月で切迫早産のため入院となった時には正直「助かった・・・」と思いました。

入院中は子供の手前我慢していたスマートフォンをいじり放題。トイレ以外は立ち歩くのは禁止だったため、ずーっとベットでゴロゴロ。

張り止めの点滴の副作用の激しい動悸や息苦しさには閉口し、刺しっぱなしの点滴で自由に動けないわ、チリチリと痛いわ、何より血管が破裂するときの痛みは筆舌しがたく(看護師さんにいっても「あらー保冷剤で冷やせば痛みが引くんじゃない?」と言われ、結局交代の看護師さんが点滴のラインを変えてくれるまで、2、3時間痛みに耐えました)自由に動けないしと大変は大変だったのですが、たまに病室に来てくれる(感染症予防のため子供の面会は制限されていた)子供の可愛いこと可愛いこと。

お腹の中では張りもゆるまって動きやすくなったのか、胎動が活発になりお腹の子の可愛さも増して‥。

切迫早産の入院も「これでしばらく休みはない」と思ったら子供への罪悪感も消え思いっきりダラダラできました。

(産んだあとは案の定休みはなかった)結局子供は37週丁度でこれまた2500グラムピッタリで、するんと生まれ(助産師さんに「これでウンチかしっこをしちゃったら未熟児でコット行きだったねーと笑われました)元気に健やかにそして上の子以上に激しく成長しています。

初めての産婦人科で見せてもらった映像に写っていたのは、小さな小さな点で、それは、新しく宿った命でした。

私は、その時の感動を生涯忘れないと思います。

結婚をして数ヶ月も経たないうちに、私は新しい命を授かりました。

ただただ嬉しく、主人や家族と喜び、気が早いながらも赤ちゃんの名前を考えるなどしていました。しかし、次第に、大きな怪我や病気をしたことのない私が、体の大きな変化に随分と苦しめられるようになりました。

まず、辛かったのはつわりです。一日中胸がムカムカする気分が続き、何かを食べていたら吐き出してしまうし、食べなくても気持ち悪くて仕方ないということが続きました。

元々は食べるのが大好きということもあり、好物を食べても吐き出してしまうことが悲しく、トイレで泣くこともありました。

結婚を機に仕事を辞めていたので、辛い時は横になって休めましたが、仕事をしていたら耐えられなかったと思います。

主人のために食事は作っていましたが、つわりがひどいので同じものを食べることもできず、唯一口にすることのできたジャンクフードをひたすら食べていました。

つわりは、妊娠初期にひどく、中期以降もたまに苦しめられました。未だに、つわりの時に嗅いだ匂いを嗅いだり、つわりの時に聞いていた音楽を聞くと、気持ちが悪くなってしまいます。

次に、妊娠性痒疹に苦しめられました。

これは、顔や身体に湿疹がでて、更に眠れないほど痒くなるという症状です。つわりが落ち着いたと思ったら、今度は外見がボロボロになっていきました。

ニキビなどできたことのない部分にできものが浮かび上がり、元々使っていた基礎化粧品などを使うと皮膚の症状はますます悪化し、皮膚科に通うようになりました。

お腹にもたくさんのできものが出来ていて皮膚科のお薬を優先的に塗っていたので、妊娠線用のクリームなども塗ることができず、今では見事にお腹にくっきりと妊娠線ができています。

妊娠性痒疹は、出産後徐々に薄くなってきて、痒みもなくなりました。

そして、夜に何度も目が覚めてしまうことにも苦しめられました。

赤ちゃんを育てるための準備として女性ホルモンが変化し、寝不足になるのは仕方ないこととはいえ、妊娠での疲労がなかなか取れないのは心身ともに大きな負担でした。

普段は頭痛などない自分が常に頭に痛みを感じ、眠れないことで意識がぼんやりとすることがよくありました。

まるで、きちんと母親になれるかを判定する試練を与えられているかのように、心身共にたくさんの変化がありました。

それに苦しみながらも、病院のエコーで少しずつ大きくなっていく赤ちゃんの姿を見たり、聞こえるようになった心臓の音を聞いたり、赤ちゃんが動いているのがわかるお腹を触ったりすると、愛しさで辛い気持ちは和らぎました。

また、主人が理解してくれて常に支えてくれていたので、主人の愛情と、いつか産まれてくる赤ちゃんのことを考えながら、妊娠も出産も乗り切ることができました。

無事に産まれてくれて健康に育った赤ちゃんの姿を見ていると、妊娠や出産はあんなに辛かったのに、また赤ちゃんが欲しいと思えるのが不思議です。

この先、赤ちゃんがどんなに大きくなっても、お腹の中の小さな点を見た時の感動、お腹の中で少しずつ大きくなっていった感動、産まれてきてくれたときの感動、それら全てをずっと忘れないと思います。

上の子が2歳を過ぎた頃から、そろそろ二人目をと感じていましたが、なかなか二人目を授かることができませんでした。

基礎体温を計測して記録するということが日課になりましたが、思うように高温期と低温期に分かれることがなく、数ヶ月経過後に婦人科を受診することにしました。

その時にグラフと内診の結果で、排卵していないと言われた時には、頭の中が真っ白になりました。

排卵していないということは、妊娠している可能性がないということだとわかりましたし、治療をしていくことになりました。

黄体ホルモンと排卵誘発剤を内服していきましたが、時間が経つばかりで妊娠につながりませんでした。

32~33歳にかけて治療をしていたのですが、35歳までに出産をと思っていたので、焦りを感じることもありました。

結果的には誘発剤の内服では効果がなく、より効果が高いと言われている注射に切り替えることによって妊娠につながることができました。

妊娠が確認できた時には、半信半疑でしたが、とても嬉しかったです。

二人目妊娠中は3歳の上の子がいるので、一人目妊娠中の時のように妊婦であることをゆっくりと味わう暇はありませんでした。

上の子を公園に連れて行ったり、お世話をしたりということに追われていて、あっという間に妊娠期間が過ぎたように思います。

つわりは5週目ぐらいから感じていて、15週目までありました。

おにぎり、お茶漬けなどご飯を食べることはできるのですが、それ以外は食べる気にならないということで、1ヶ月程度はこれだけを食べて乗り切り

体重も減っていました。吐くこともあり、子どももいるのでしんどい状況もありました。

二人目も女児ということを希望していましたし、上の子が妹がほしいということで、女児をという気持ちがありました。

しかし性別は男児で、それを聞いた時には、そうか~という気持ちでしたが、違う性別であることもまた楽しみになっていきました。

胎動を感じるようになると、上の子の時よりも激しく元気いっぱいという感じでした。

臨月になると前駆陣痛のような張りを感じることが多く、ここから出産かなとドキドキすることが多かったです。

上の子がまだ3歳ということで、理解してくれているようなしていないようなというような状況でした。

結果的には予定日から2日後に破水をして、そこから出産になりました。

一人目も破水だったので破水をした時点でこれだとわかりましたし、すぐにタクシーで病院に向かいました。

私は急速にお産が進むタイプのようで、病院についてからすぐに陣痛がやってきて、わずか1時間というスピード出産になりました。

安産で出産することができてほっとしました。

私の妊娠がわかったのは昨年の10月のことでした。

8月のお盆がおわったころ、お盆に親戚が集まったときに食べすぎたのか胃の調子が悪いなと感じていました。

でもそれから生理がこない・・・となり、普段から生理不順気味で数か月生理がこないこともあったので、1か月くらい様子をみました。

でもやはりこなかったので自宅で妊娠検査薬で検査したところ反応がでたので産婦人科で診てもらうことにしました。

私の住んでいる町は田舎で産婦人科がなかったので車で1時間くらいのところにある姉が前にお世話になった病院に行くことに決めました。

子供が生まれそうになった時に1時間もかかるのは不安だとも思いましたが、知っている病院の方がいいなと思いこの病院に決めました。

妊娠の検査で産婦人科にかかるのは初めてだったので、かなり最初は緊張しました。その病院は古くて小さい病院なのですが、先生もお年を召しており70代のおじいちゃん先生です。

でも長年婦人科を営んでいらっしゃるのでベテランといった感じで、診察はすごくスピーディーでサバサバしていて必要なことしか話さないといった感じの先生でした。

でもたまに面白いことを急に話したりしてリラックスさせてくれたりもしてなんだか楽しい先生でした。

こちらの婦人科ではソフロロジー法という出産方法を取り入れていて、呼吸法に特徴があり呼吸する力を利用してゆっくりと赤ちゃんを押し出していくという方法で体への負担も少なくて済むという出産方法でした。

初めての出産でしたが私は産道が硬いタイプで出口部分が厚い体質だったそうで、先生に切れると出血が止まらなくなるタイプだから切れないように頑張ってねと言われてお産に挑みました。

でもこのソフロロジー法のおかげで赤ちゃんが最後に外に出てくるときまで切れずにすみましたし、出血も少なくてすみました。

出産後も先生やスタッフの皆さんにいろいろと聞きながら、入院中の赤ちゃんのお世話も楽しくできましたし、古くて小さい病院で機材なども昔から使っているものを使用していて最先端といった感じはなかったですが人の温かさを感じられる病院だったなと思います。

先生が赤ちゃんが生まれたその日のうちに名前を命名紙に達筆な毛筆で大きくかいてくださり、退院する日にはその命名紙をもって赤ちゃんを抱っこして写真撮影もしてくれます。

病院で出てくる食事も3食栄養士さんたちが手作りの家庭の味といった感じのお料理をだしてくれて、朝はパン、昼は魚、夜は肉といったメニューでボリューム満点で毎日の食事の時間が待ち遠しかったです。

たくさんの病院がありますがあの病院を選んでよかったと感じました。

また出産するときはあそこの病院にお願いしたいと思っています。

下の子の妊娠中上の子との思い出いっぱい。

下の子を妊娠してから、何だか上の子が今まで以上に甘えてくるようになりました。

お腹が大きくない時はそれまでと同じように抱っこもおんぶもしていました。

それでも何だか甘えてくるのがどんどんひどくなってきました。

パパ嫌!ママがイイ!と言って離れようとしませんでした。パパもかなりショックを受けているようでした。

なのでいつも、ママここにいるよ。大丈夫。ずっといるからね。と言うと安心して主人と遊べるようになりました。

トイレに行くのも子供の許可が必要でした。ママトイレに行ってくるから待っててね。と言うと、トイレの前で待っています。

もう、気が休まる時がありませんでした。その時はまだ保育園にも行っていないので24時間ずっと一緒です。

お腹が少しづつ大きくなり、動くのも辛くなってきた頃、抱っこをするのが大変になってきました。

抱っこ!と言ってくるので、ごめんね!今お腹痛いからできないの。と言うとついに泣き始めました。

仕方がないので寝転び横になってからぎゅーっとしてあげることにしました。

すると少し落ち着いたのか泣き止みスヤスヤ眠り始めました。

子供ながらに何か不安があったのか、我慢をしていたのかもしれません。

主人がよく子供に、ママのお腹に赤ちゃんいるから抱っこ抱っこ言ったらダメだよ。お腹痛くなっちゃうから。と言っていました。

普段から甘えん坊なのにそんな事を言われて辛くなったのかもしれません。

私は上の子が赤ちゃんの事をどう思っているのか気になりました。赤ちゃんが居るから抱っこを我慢をしなくてはいけないようになってしまったのですから。なので赤ちゃんの事をどう思っているのか聞いてみました。

すると、赤ちゃん大好き。赤ちゃん可愛いよ。と言っていました。涙が出るくらい嬉しかったです。

お腹が大きくなると、よく動くようになりました。

その時は夏だったので服の上からでもお腹の動きぐよく見えました。突っ張っりすぎてお腹が破れないか心配になるくらいでした。

すると上の子が、大丈夫だよぉ?。と言ってお腹をさすってくれていました。

すると心なしか突っ張っりが和らぐような気がしました。

上の子がよくお腹の赤ちゃんの真似をしてくれていました。

今赤ちゃん立ってるよ。と言っていました。赤ちゃんは逆さま向いてるの!と言うと、僕は逆さまだったけど赤ちゃんは立ってるの!と言い張っていました。

その後検診に行くと、逆子になっていたのには今でもビックリしています。

去年の9月。自分もついにずっと憧れていた妊婦さんになることができました。

エコーでまだ卵のような子どもを確認することができたときは、胸がいっぱいになりました。

今日から私も妊婦さんなんだとウキウキ。

しかし、待っていたのは、とんでもないつわり。

常に船の上に乗っているような状態で顔もマレフィセントのようでした。

ジュースとトマト以外食べることもできず、

ラッシュの電車通勤も辛く、仕事も辞めました。

つわりがやっと落ち着いたのは5ヶ月ごろ。

その後1ヶ月は安定したマタニティーライフを送ることができました。

しかし、7ヶ月を過ぎたあたり…。

「なんだか常にイライラする…」

自分の様子が明らかにおかしいのです。

常にイライラしているし、旦那のちょっとした態度に怒りを爆発させたり、大泣きしたり、

完全に情緒不安定な状態なのです。

とんでもないマタニティーブルーが待っていたのです。

はじめの頃は旦那も何が何だかわからず、大げんかしました。

旦那を何時間にも渡って責め続けたりもしました。

ネットなどでこのおかしい私の状況を調べてみるとマタニティーブルーだ!と判明。

それから旦那はしょうがないと思ってくれるようになり、本当に優しくしてくれました。

旦那じゃなかったら乗り越えられなかったです。

マタニティーブルーが落ち着いてきたのは8ヶ月ごろ。

この頃はお腹はかなり大きくなって、

トイレが近く、動くのも辛いし、常に骨盤に激痛が走っているような状況でした。

そして9ヶ月。この頃には、夜行性の赤ちゃんは夜中に激しく動き、なかなか眠りにつくことができずにいました。

ようやく眠れそうになっても、またトイレに行きたくなり…の繰り返し。

しかも横向きにしか眠ることができず、

いつも、うつぶせか仰向けで大の字になってぐっすり眠りたい!と考えていました。

なんだか思っていたのと全然違う妊娠体験。

早く終わらないかな?とか、もう当分はいいや!

という印象です。

でも、妊娠していたからこそ、人の優しさを感じることができたこともあります。

常に体調を気遣ってくれたり、マタニティーブルーでおかしい私にも優しく愛情を注いでくれた旦那の優しさや、

電車やバスでは沢山の方に席を譲っていただきました。

知らない人からこんなに親切にしてもらったのは初めてで、毎回涙が出るほど嬉しかったことを覚えています。

そして、私も人に優しくなろうと思うことができました。

妊娠を通し、自分の心が少し穏やかで優しくなれた気がします。

そして、子育てを通し、人として成長していけるんだと思いました。

辛いこともいいことも、妊娠していなければ経験できなかったことです。

もう当分はいいけれど、またいつかあの感じを体験できたら嬉しいなと思います。

私は、今までに2回出産をしています。

1度目は、平成26年の10月に出産しました。

結婚してすぐに子供がほしくて、作りはじめて2ヶ月で授かりました。

何もかもが初めてのことばかりで、妊娠初期に流れたりしたらどうしようや、もし障害がある子が生まれてきたらどうしようなどの不安がたくさんあっていっぱい悩みました。

でも、考えていてもしょうがないし、せっかく授かったのだからと考えを変えてその頃は過ごしていました。

その頃からつわりが始まり、その辛さで毎日ダウンしていました。

身内に聞いてもみんなひどくなかったから、休んでたら治ると回りに言われ、でもそんなことではなおるわけじゃなく、1人毎日泣いてたのを思い出します。

食べつわりもあったため、食べてないて気持ち悪くて、食べても吐いてしまうことも多くとてもつらかったです。

1人目だからこそ、ゆっくり休養しながらなんとか乗り切ることができました。安定期には落ち着いて友達とでかけたりとマタニティライフを楽しむことができました。

お腹もどんどん大きくなっていって自分がずっと夢にみていた、望んでいたことが実感できてきたころで、楽しかったです。

後期つわりはなかったけど、胃痛があって食べれなかったりしたけどら体重制限もでていたので、ちょうどよかったなって思っていました。

結局9キロ増だけですんだのでよかったです。

私は、低身長のため骨盤の幅と赤ちゃんの頭の大きさから普通分娩がむずかしく、帝王切開での出産でした。

始めは下半身麻酔で、生まれてご対面が終わったらすぐに全身麻酔にきりかわって、いつの間にか終わっていました。

その日は麻酔がきれてからの戦いがすごくて、もちろん赤ちゃんと会えず。次の日も後陣痛に襲われて赤ちゃんに会えずでとてもさみしかったです。

3日目からは起きる練習や歩く練習があるため、赤ちゃんに会えることができました。

とても感激したのを覚えています。

2人目は平成29年の1月に出産しました。

1人目と違って、妊娠中は大変でした。

つわりも2人目のほうがひどくて上の子がいるため休めず、薬をのんでいました。

それでも辛くて、親に上の子を預けて少しでも横になって乗り気っていました。

つわりが終わっても後期つわりや、胃痛などがあって、まったく楽しむことができずに毎日が苦痛でした。

1人目が帝王切開のため、2人目も同じく帝王切開での出産になりました。

今回は麻酔がきれてからの頭痛に襲われてまったく赤ちゃんのお世話ができませんでした。

起きているとすごい頭痛で血圧もかなり高く、2人目の余裕があったので、体を休めるのを一番に入院中はずっと横になっていました。

退院して実家に帰ったとたん頭痛も治り赤ちゃんと上の子の育児に奮闘していました。

二回とも私にとっては人生で一番の感動的な思い出です。二人を授かることができて本当に幸せです。